皆様、おはようございます。
星見です。
神という対象がいる分野においては、神は信じるか信じないかという問題があります。
神を構造という分野で理解しようとすると、この構造が機能するかどうかという問題となります。
条件が整えば、そこに神は誕生する。とても日本的な宗教観であると思います。
地鎮祭なんて、まさにそうです。
でも少し浪漫を感じますね。
祈った瞬間に、私の時間が再構造化するわけですからね。
祈れば、未来の方向が定まります。そこには意味の中心が立つ。その中心が神であるとも考えられます
よって神は固定されているものでもなく、常に姿形を変えていくことにも納得です。
そしてこれは余談ですが、どうして修行者は今この瞬間にフォーカスするのかもこれで理解できます。
目に見えるもの、聞こえる物、全て過去のものです。そして頭にあるものはさまざまですが、過去未来、遠くの人などです。
つまり、今この瞬間にアクセスできるのは、自分の中だけです。
これも神経伝達などの影響で、完全なる今をつかみ取る事は難しいですが、仮にそれが出来たと仮定すると、過去未来現在が全て一直線でつながるわけですからね。
時間が統合された瞬間といってもいいでしょう。
時間が統合されたらどうなるでしょうか。未来も過去も記憶も予測も、全て今の中に含まれる。
その瞬間に、神としての構造が立ち上がる。その状態が神的であるわけですね。