皆様、おはようございます。
星見です。
題名の通りなのですが、これを感覚的に分かるまで大変苦労しました。
なぜなら、それを考えている事こそ、自分中心であるからです。
子供の言い訳みたな感じですが、実際にそうなんです。
例えば、よく利他的でありなさいなんて言われますが、利他的である事は結果まわりまわって自分に返ってくる良い事であるのが前提です。
その前提条件が無いと、人は、利他的な行為をやらないのかもしれませんが、これは全くの本質からそれていると言わざるを得ないでしょう。
利他的な行為をした後に、自分に返ってきたものが良いものか悪いものか考える前に、全て良い事である。という気持ちが大切です。
あなたには、まだそれが結果的に自分にとって良い事であるという理解が及んでないのだから。
例えば、人に良い事をしたが、相手から悪いことをされたケースがあったとしましょう。
まず、
・そんな人間だと見抜けない
・相手にとって、それが良い事が分からないのにやってる。つまり自分中心で考えている
など、色々なケースが考えられるでしょう。
プラスな事をすれば、プラスの事が返ってくるはずです。なのにマイナスな事が返ってきたのはなぜでしょう。
はい、反省しましょう。実はそのマイナスはマイナスではないのです。
これは、次回に同じ間違いをしない為にも、とても大事な考え方です。
一見、利他的な行為をしたはずなのに、悪い事が返ってきた。しかし、それは長い目でみれば、良い事です。
人間は普段の生活の中で、意識的に生活出来る事は限られています。
意識せずに利他的な人間になっているくらいの時間や習慣化が必要です。
自分中心的な利他が受け入れてもらえないので、怒るというのは、まさに自分中心、自己中ということに他なりません。
人に、大丈夫?という声をかけて良い時と、かけてはいけない時がある。そんなものです。
まずは、その怒り、苦しみ、欲望が、自分中心であるかどうかを考えてみるのが良いと思います。