行為によって原因が発生することについて

皆様、おはようございます。

星見です。

今日、私の目の前に花が咲いていないのは、花を咲かせるようにしてないからで、

どうして花を咲かせるようにしてないかというと、花を咲かせる気が無かったからです。

では、花を咲かせる気があれば、花は咲いたのかというと、誰かが途中でダメにするかもしれないし、そもそも種がダメかもしれません。100%咲くとは言えないものです。

僕らの社会は、それをなるべく100%にし安定したものにしたいと願っていますが、未だそこには到達していません。

しかし、もっとそもそもを言うと、なぜ目の前に花が咲くことが必要なのかとも思います。

大体の問題はこのように、あれなんでだっけという形になることが多いです。

でも元々、なんでだっけ?と思う事は決して無駄ではなく、問題を俯瞰してみることができます。

しかしこれも行き過ぎると、そもそも花とは?

という問題に直面します。

そして恐ろしい事に、目の前に花があるわけでも無く、花を咲かせる気も無かったのに、まるで問題があるかのように無い問題で悩んでしまいます。

これは恐らく人間の構造上の欠陥です。

だからこそ人間味があるとおもいえます。

これを原因の発生理由に焦点を合わせてみてみましょう。

すると、たちまち、原因が何処になるのかはわかりません。

であればですよ。

今この瞬間に生きるのがいいのでは?と思います。

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