怒りの治め方

皆様、おはようございます。

星見です。

怒りの治め方です。今までも何回もそういう話をしてきたような気がしますが、今回もやります。

急に大声で怒鳴る人っていますよね。

ビックリします。そして、後からイライラします。

まず、このようなパターンをどう考えるかですが、ビックリさせてくる人に対して、ビックリさせてきている訳では無くて、自分が勝手にビックリしているという事実をまず認識しなくてはいけません。

例え、相手に悪意があろうがなかろうがです。

要は勝手にこっちがビックリしているだけです。

ビックリさせられたと思うと、相手に対して怒りがこみあげてきます。

そもそも、なぜ自分が勝手にビックリしたかというと、人によっては、ビックリする人もしればしない人もいるからです。自分の匙加減で、怒りが決まるなら、自分の問題であると捉える事も出来ます。

勝手に攻撃されたと過剰反応をしてしまうと、防衛本能が働き、戦う姿勢になってしまうという事ですね。

この辺のニュアンスは非常に厄介です。

今回なんでそう思ったのかというと、自分がそういう目にこの間、遭遇したからです。その瞬間に、あぁこの怒りは、さっきのお爺さんの問題ではなく、自分の問題なんだと分かった瞬間に凄く楽になりました。

あるのは爺さんが、ただ大声で怒鳴ってきてるだけ。

一見すると、沢山ある問題も、社会というフィルターや常識というフィルターを通し、自分を正当化してしまうもので、それで怒りが収まればいいのですが、簡単にはそういきません。

しかも、そこでやり返しが成功してしまった場合、今の自分の考え方が正しいのだと、より強固になり、そういう問題にならない様に行動するわけでもなく、どんどんそういう理不尽なことが起こる事を許容する人生が始まります。

逆に、どーんと怒られた時に、私はダメなんだと悲観する必要も全くありません。

私やあなたが、それだけで評価できるようなものでは無いからです。人間の評価基準は多様ですから。

大事な事は、こういう時の自分のパターンを知る事と、そうなった時に、その怒りや悲しみを早く治め、通常に戻る事です。

嫌ならそもそも関わらない方がいいです。

私の言ってる事は、世の中的には間違っているかもしれませんが、社会や公は個人一人一人を見る事はできません。

個人が集まった集合として見ているだけです。

よって、どれだけ時代が進もうと、自分の幸せは自分で考えないといけません。

人それぞれ価値観や、趣味嗜好が違うのに、そもそも一緒にできるわけありませんし、それを一緒にしようとすると、そこから溢れてしまう多くの人が、困り、迷い、分からなくなります。

今回は怒りの治め方でした。

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