昔の歌詞と今の歌詞

皆様、おはようございます。

星見です。

現在のシティポップの歌詞と、昔のシティポップの歌詞を見比べると面白いという事に気付きました。

『SPARKLE』 / 山下達郎(1982年)
「七つの海から 集まって来る 女達の 輝く肌に 砂が踊る」
「何かが始まる 予感に満ちた 鮮やかな 朝の光が 街を包む」

『都会』 / 大貫妙子(1977年)
「そびえたつビルディングの 谷間の暮らし」
「華やかなきらめきに 隠された 孤独な影」
「あてのない寂しさは 誰もみな同じ」

『フライディ・チャイナタウン』 / 泰葉(1981年)
「It’s so Fly-day, Fly-day China Town はじけるネオンサイン」
「踊りつかれていても 朝まで遊ぶわ 港の見える場所で」

『プラスティック・ラブ』 / 竹内まりや(1984年)
「はやりの disco で踊り明かすうちに おぼえた魔術なのよ」
「夜更けの高速で眠りにつくころ ハロゲンライトだけ妖しく輝く」

今の時代の人とは感覚が違いますね。

最近のシティポップはこんな感じです。

『東京フラッシュ』 / Vaundy(2019年)
「STAYまだここにいてね 君の FAKEの笑顔をみせてよみせてよ」
「東京フラッシュ君の目が覚めたらどこへ行こうどこへ行こう変わらないよ」

『Feelin’ Go(o)d』 / 藤井 風(2024年)
「忙しない街も黄昏れ僕らは風に揺られて 心は言葉を失くして感じられるは愛だけ」
「胸がうるせえ時はいつだって静けさに耳を傾けて」

『Pop Virus』 / 星野 源(2018年)
「音の中で君を探している 霧の中で光が跳ねるように」
「始まりは炎や不気味な悪夢じゃなく 口づけみたいに 狭い部屋の隅から」

なんか上手く比較になって無い気もしてますが、AIに出してきた歌詞に従います。

言いたかったのは下のような感じです。

着目する要素昔のシティポップ(山下達郎・大貫妙子)現在のシティポップ(2010〜2020年代)
空間の広さ無限に広がる外の世界(海、空、ハイウェイ、ビル群)半径数メートルの世界(ワンルーム、ベッドの上、夜の散歩)
主人公の姿勢都会やリゾートに溶け込むスタイリッシュな大人どこにでもいる等身大の若者・自分自身
孤独の描き方都会の美しさを引き立てる映画のワンシーンのような孤独誰もがSNSの裏で抱えるリアルで日常的な寂しさ

最近の歌は、渚やビーチやリゾートや夕日などでは無く、夢も希望も無い、忙しい人達のちょっとした合間のような世界観なんだなと感じた次第です

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