皆様、おはようございます。
星見です。
では、前回の続きから。
1本の藁を持った男は思います。
「なんだこれは、つまらないものだなぁ。」
そりゃそうです。1本の藁ですからね。
しかしその男は、これが、仏様の計らいなのかもしれないと思いなおし、この藁をいじりながら歩きます。
きっと、何かあるのかなと確かめたかったのでしょう。
そして、歩いていると、一匹の虻がその男の周りをブンブン飛び回ります。
あまりにもうるさいので、その男は木の枝で追い払おうとしたのですが、全然だめです。
そこでその男は、その虻を捕まえて、虻の腰に藁を縛り付けて、それを杖の先に着けてまた歩きました。
すると、そもそも彼のいた寺に参りにきた女の人がおり、その人が乗っていた車から男の子が顔を出して、「あの男の人が持っているものは何?ぼくに頂戴!」馬に乗って供をしていた侍に言いました。
そしてその侍に、「うちの若君が、お前が持っているものを欲しがっているので、さしあげよ!」と言ってきました。
すると、その男は、「仏様から貰ったものですが、そういう理由なら差し上げましょう」と言い、虻のついた藁、いわゆるおもちゃをあげました。
すると侍は「実にいい心がけである。若君が欲しがっているものを惜しまずにくれた。代わりにこのみかんをあげよう」と大きなみかんを3つ、立派な包み紙に入れて渡しました。
「喉が渇いた時にでも食べなさい」と言いました。
今回はここまでです。
この男、なかなかの商売上手です。
元々これは仏様から貰ったもので~と言いながら、自分が持っている物の価値を上げたのです。
見上げた根性ですね。元々商才があったのかもしれません。
ここでみたいのは、仏様から貰ったものが一本の藁であることです。
全く価値なんかありません。普通の人ならすぐに捨てるでしょう。いらないものですからね。
この辺りの素晴らしさが伝わると幸いです。
皆さんいつも例えば神社などに行って、お願いをして、なんだこんなものか。とかやってませんか?
これではダメです。大事なのは転がるという意識です。
雪だるま方式でデカくなるのです。
この雪だるま方式でデカくなっていく感覚がないと、毎回毎回ギャンブルになります。
どんな事でも、最初は些細な小さい事から始まり、それが気づいたらとんでもなく大きくなっていくのです。
良い事をしたから、良い事がすぐにおこると思っていること自体がありえない話なのです。
また、自分が良い事であると思っているではなく、相手が求めている事をしているのもいいですね。
ではまた明日。