皆様、おはようございます。
星見です。
皆さんご存知「わらしべ長者」ですが、こちら日本昔話としてはあまりにも有名で、元をたどれば、『今昔物語集』および『宇治拾遺物語』に原話があるそうです。
では、一体どういう話なのか、『宇治拾遺物語』を元に皆さんと振り返りたいと思います。
わらしべ長者の交換暦です。
- 藁しべ
- アブが結び付けられた藁しべ
- 蜜柑
- 反物
- 馬
- 屋敷
一本の藁から、最後は屋敷まで手に入れるこの様は、とてもロマンと夢に満ちたお話ですね。
では一体どういった話なのか、私なりに今風にまとめてみます。
まず、身よりもなく、お金もない、人生が終わった一人の男がいます。人生がどうにもならないので、寺に行き観音様にすがったのです。
「もう人生はどうにもならない。もう俺は終わった。この世で生きるくらいなら、観音様の前で干からびて死のう。もし、生きる理由があるなら、その夢を見るまで私はここを出ない!」
寺の僧としては、たまったものではありません。この男に所在を聞くと、「暮らす場所もなく、主人もいない、かわいそうだと言ってくれる人もいない、仏様が下さるものを食べて、仏様を師だと思っております」
これは困りました。まず、寺の為にも良くありません。
しかし、観音様に愚痴をいうような男をほおっておくわけにもいかず、取り合えず、この男を養う事にし、僧たちは変わりながら食べ物を食べさてやり、21日が経ちました。
すると21日目にその男は、観音様の夢を見ます。
「お前の問題は、お前の前世の罪が問題で、その報いを受けているにすぎないのに、観音に愚痴を言うとはおかしい話だ。とはいえ、お前の話を聞くと可哀そうなので、少し助けてやろう。この寺を出て最初に手にしたものを持っておけ。そしてこの寺からすぐに出ていけ」
そんな夢を見た男は、ついに寺を出ます。きっと僧たちも安心したでしょう。こんな所で死なれては、寺がけがれてなりません。
寺を出るときに、寺の大門でその男はつまずき、倒れます。
その時に、手に握っていたのが、1本の藁でした。
今日はここまでです。
次回から、実際に現物取引が行われていくわけですが、ここまでで、皆様はどのような印象を持ちましたか?
まずは、その男ですが、結構な人ですね。その後も中々に中々な感じが伝わるのですが、僧はいい迷惑ですねホント。
学生時代に、マクドナルドでポテト一つでずっと居座る私みたいな男と、定員さんみたいな関係です。
観音様もいい人です。「いや、お前がダメなのは完全にお前がダメなだけなのに、開き直りやがって。しかしまぁ可哀そうなので少しだけ助けてやるか」という事です。
この男性の素晴らしい所は、素直な所ですね。恐らく人間的には問題がある人だとは思いますが、素直だったので、夢を見たら出ていくと決めて、夢を見たので直ぐに出て行ったのです。
彼の素直さが、彼の人生をいい方向に転ばせていったと考えると、いい人間だから成功するわけでもなく、悪い人間だから成功しないという考え方自体が、人間のエゴであり、大事なのは素直さなのでは?とも考える事ができるかもしれません。
そんな単純な話ではないですが、しかしその素直さがなければ、自分が悪い方向に進んでいても、決して治る事はないのかもしれません。
では、また明日。