仏像④

皆様、おはようございます。

星見です。

神という対象がいる分野においては、神は信じるか信じないかという問題があります。

神を構造という分野で理解しようとすると、この構造が機能するかどうかという問題となります。

条件が整えば、そこに神は誕生する。とても日本的な宗教観であると思います。

地鎮祭なんて、まさにそうです。

でも少し浪漫を感じますね。

祈った瞬間に、私の時間が再構造化するわけですからね。

祈れば、未来の方向が定まります。そこには意味の中心が立つ。その中心が神であるとも考えられます

よって神は固定されているものでもなく、常に姿形を変えていくことにも納得です。

そしてこれは余談ですが、どうして修行者は今この瞬間にフォーカスするのかもこれで理解できます。

目に見えるもの、聞こえる物、全て過去のものです。そして頭にあるものはさまざまですが、過去未来、遠くの人などです。

つまり、今この瞬間にアクセスできるのは、自分の中だけです。

これも神経伝達などの影響で、完全なる今をつかみ取る事は難しいですが、仮にそれが出来たと仮定すると、過去未来現在が全て一直線でつながるわけですからね。

時間が統合された瞬間といってもいいでしょう。

時間が統合されたらどうなるでしょうか。未来も過去も記憶も予測も、全て今の中に含まれる。

その瞬間に、神としての構造が立ち上がる。その状態が神的であるわけですね。

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