見る事と聞くことの違いについて

皆様、おはようございます。

星見です。

音楽って素敵ですが、逆に音楽ってヤバい感じがしますよね。

例えば、絵画を見るという行為において、私とアナタが見た場合では感想が違います。

色でも、写真でも、映画でも、小説でもなんでもそうですが、これらの見るという行為には分ける動作が含まれていると考えます。

他方、音楽というのは、聴くという動作なわけですが、見るという動作より分けられない。というより集める作用があると考えます。

フェスやLIVEなどがそうですね。

こちらの聴くに対しても、人によってさまざまな違いというのはあるのかもしれませんが、とりわけ集める作用が強いです。

なので、時の権力者などは、よく音楽を扱います。ヒトラーのワーグナーなんかが良い例です。

また、昔の教養人というのは、音楽をたしなみます。

孔子もそうだし、アインシュタインもそうだし、プラトンもダヴィンチもそうです。

昔の日本人だって和歌とか読んでたしね。和歌は音楽と絵画の中心っぽくありますが。

すべての教養人がそうであるわけではありませんが、音楽という聴くが持つ集めるという力はとても強いものがあります。

なので、音楽をやる人は政治的主張がどうのこうのいう前に、音楽という分野が政治的であるという意識を持つべきだと思っています。でないと、政治に取り込まれてしまうからね。

でもなぜ聴くという行為は人を集めるのでしょうか。

私のなんの説得力もない考えでは、音は振動だからかなと思ってます。目に見える光も波なので振動だと思いますが、そんな早い波ではなく、音くらいゆっくりな振動にそういうものがあるのかと考えます。

また、音には独特なリズムの共有を、嫌でも共有させることができます。目は閉じれば良いですが、音は目ほど簡単に閉じる事はできません。

音と体と時間が同期する感じといいますか。

音のもつ可能性というのは凄いなと最近関心しています。

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