皆様、おはようございます。
星見です。
前回、昔の宗教者さんの言い回しを真似をしてみました。
今回は普通に行きますので、宜しくお願いします。
まぁ、こういう初心に返る必要性は、ある程度言えたと思うのですが、これを論語なんかを用いて、より説得力を増していきたいと思います。
「人の己を知らざるを患えず」
⇒他人が自分を理解してくれないことを嘆くのではなく、自分が他人を理解できていないことを気にしなさい。
これは良いですね。そのままです。
よく言うではありませんか。人は変えれないけど、自分は変えれる。まさにその通りです。
相手に文句がある事は分かりますが、私はアナタではないし、アナタの立場にありません。
「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」
⇒立派な人は問題の原因や責任をまず自分に求め、そうでない人は他人に求める
ぬぬ。ですね。
君子=立派な人、小人=悪い人。みたいな感じが論語には多いですが、現代風に言うと、成功する人=君子、人生上手くいく人=君子、なんかに言い換えても良いですね。
正直、君子=立派な人、成功する人、なども個人的には意味的にどうかなと思いますが、言いたい事は伝わると思います。
「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」
⇒過ちを犯すことそのものが最大の問題なのではない。過ちを犯したのに、それを改めないことこそが本当の過ちである。
これは、前回の時に、私が気づいて下されよ。といった所ですね。
問題というのは、そのほとんどが目の前の事です。人生は長いので、目の前の失敗より人生の失敗を恐れるくらいの気概がいりますね。
仕事に失敗などは、しょっせんはクビ程度で終わりますが、人生の失敗は取返しがつきません。
「吾、日に三たび吾が身を省みる。」
⇒私は毎日、自分自身を何度も振り返る。
実は、これには続きがあって、
「自分は今日、他人に対して誠実だったか」
「友人との約束を裏切っていないか」
「自分が十分に身につけていないものを、人に教えてはいないか」
などです。
こういう事を毎日している人は、初心に返るような大きな出来事が起きづらいですよね。
まぁ私も含めて、大人になってある程度、人間としての器が完成してしまうと、なかなかにもう手遅れな感じがありますが、その中でも良い人生となるため、少しでも取り入れたいですね。