皆様おはようございます。
星見です。
不快なものを全て排除すると、快となるか。
それはNOです。
快と不快は共犯関係にあります。
それを捨てる事も出来ます。
あまりにも不快と感じるのであれば、捨てればよろしい。
私には、長年嫌いな友人がおります。どれくらい嫌いかというと、話をした後に、この私が3日くらいイライラが止まらない、体に蕁麻疹が出来るくらい嫌いな友人です。
恐らく、彼にとっても私はそういう存在であると自覚しています。
しかし、我々はお互いを切りません。むしろ関係性を維持する方向にいます。
それは、人間関係の切断というのは、理性的な行為であるのに対して
しかし、快、不快というのは本能的な感覚であるからです。
人間関係の切断というのは、自分がどう思うかなど関係なく起きるので、ほっておけばいいのです。
別れというのは突然起き、出会いというのものも突然おきます。
むしろ理性的に損とか得などと考えるからややこしくなるのです。
では、圧倒的に自分にとって不利益な相手がいた場合にはどうなるのか。
そういう場合は、知らずと付き合わなくなります。
理由なんてありません。
びっくりします。身体が反応しません。いい悪いではないのが不思議です。