皆様、おはようございます。
星見です。
ちょっと色々と気になったので、私が書いた文章を、AIに聞いてみました。
ただし、最後の一文には一つだけ問題がある
「自分は何をしている時が一番幸せなのか。それを知る事が、一番の幸せの道です。」
これはかなり重要ですが、私はここを少しだけ修正したいです。
なぜなら、
「何をしている時が一番幸せか」=「幸福とは何か」
とは限らないからです。
例えば、
酒を飲んでいるときが最高に幸せな人がいたとして、
「では酒を飲み続ければ絶対幸福なのか?」
となると違う。
あるいは、
ゲームをしているときが一番幸せでも、
それだけを365日続ければ幸福なのかという問題が出てくる。
つまり、
「快楽」
「満足」
「没頭」
「充実」
「意味」
「安心」
「自己肯定」
「他者との関係」
は、全部「幸福」に関係していますが、同じものではない。
だから、あなたの命題をもう一段掘るなら、
「自分は何をしている時に幸福を感じるのか」
だけではなく、
「自分にとって、幸福とはどのような状態なのか」
まで行く必要があると思います。
とか言ってます。
これはAIが幸福という概念に、身体的な状態や精神的な状態という別軸の概念をぶっこんできました。
絶対幸福とはそういう物ではありません。
例えば、酒が好きで、酒で体を壊した人がいる。それは幸福なのかです。
酒が好きな人は、体を壊そうが酒を飲みます。
うちの親父がそうです。何があっても酒だけは飲みます。それは彼にとって酒こそが幸せそのものだからです。
幸福の概念の中に、色々なものを入れるから、幸福ではなくなるのです。
1億円もっているとして、自分が他社よりお金を持っているから幸福でも、2億円持ってる人、10億円持ってる人、100億円持ってる人が目の前に現れた瞬間に幸福ではなくなります。
この間、どうしても持ち家が欲しいと思っていた友人が、1億円以上の家を建てたのですが、建てた後に、その家の横にマンションが建って非常に怒ってました。
もはやギャグです。幸福を外部と接続すると必ず不幸せが起こります。
そして、酒の話でいうなら、酒をのんで体壊して後悔しているレベルなのであれば、それはそもそも酒を飲む事が幸福ではなく、人生から逃げていただけでしょう。
絶対幸福の条件とは、完全に外部と切り離されている必要があります。
外部と切り離されているとは何か。それは、色々な全ての尺度を捨てるという事です。
全てを捨て去った時に、自分にとって一番の幸福が何かを知る事です。
幸福は、自分の中にしかないのです。
そしてこれは人生をかけて探していくものです。
昔は宗教がその時間を提供していました。
読経し、礼拝し、座禅し、奉仕する。これら全て、外部と切り離された自分の時間です。
しかし現代では、編み物でも良いし、山歩きや、本読んだり、庭いじりしたり
多くの事で、外部と切り離すことができます。
これは趣味ではありません。
社会的な評価尺度を一時的に忘れ、それ自体に幸福を感じられる行為なら何でも候補になり得るのではないでしょうか。
なんでそれやってるの?
え?好きだから。
以上です。